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大阪地方裁判所 昭和42年(ヨ)6105号 決定 1968年3月27日

申請人

合成化学産業労働組合連合

右代表者

太田薫

申請人

高岡和男

外三名

右申請人等五名代理人

岸星一

外五名

被申請人

合成化学産業労働組合

連合積水化学労働組合

右代表者

高岡義吉

右代理人

鎌倉利行

外一名

主文

被申請人が申請人合成化学産業労働組合連合に対し昭和四三年一月八日なした同連合を脱退する旨の意志表示の効力を停止する。

申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一当事者間に争いのない事実および疎明により一応認められる事実

一、申請人合成化学産業労働組合連合(合化労連と略称する。)は合成化学産業の労働組合をもつて組織する全国産業別連合体としての労働組合であり、申請人高岡、同佐伯、同市川および同土井(右四名を高岡和男他三名と略称する。)は被申請人組合の組合員であつて、かつその中央執行委員の地位にある。

被申請人組合は、プラスチックの成型加工等を営む資本金四二億七、五〇〇万円の積水化学工業株式会社の従業員四〇〇七名をもつて組織する労働組合であり、昭和三四年一月合化労連に加盟し、同会社の事業所毎に一一支部を置いている。

二、被申請人組合の機関として大会、中央委員会および中央執行委員会があり(規約第一五条)、大会は最高議決機関であつて代議員および役員(中央執行委員長、同副委員長、書記長、中央執行委員、会計監査)をもつて構成され(同第一六条)、代議員は各組合員数に応じて定められた数をその都度支部毎に組合員の無記名投票により選出するものとされている(同一七条)。

大会には定期大会(毎年一回原則として八月に開催)と臨時大会とがあり(同第一六条)、臨時大会は中央執行委員会が必要と認めた時および中央委員会の決議があつた時に開かれ、かつすべての大会の招集は中央執行委員長が行い(同第二〇条)、いずれも大会の「少くとも二週間前に日時、場所、目的、議案およびその内容等必要事項を各支部に通知して行うものとする。但し緊急を要する臨時大会の場合はその限りでない。」と定められ(同二一条)、さらに、大会は代議員の三分の二以上の出席をもつて成立し(同第二四条)、「組合の綱領並びに規約の決定および変更」(第一号)、「外部団体への加入または脱退に関する事項」(第一一号)第一二項目が付議事項とされている(同第二三条)。

三、被申請人組合は、昭和四二年一二月一七日午後一〇時一〇時二〇分から翌朝零時一〇分にかけて、大阪市内梅新の料享「ひらおか」において臨時中央執行委員会を開いたが、連絡がなかつたため欠席した高岡和男他三名を除きその余の中央執行委員全員(一〇名)および組合三役(三名)が出席した上(たまたま全支部長を含む支部三役三二名も臨席した)、「上部団体である合化労連からの脱退」、「組合規約の一部の改正」および「右両問題を議決するための臨時大会を同月一九日午後一時より京都のプラスチック教室において開催すること」を全会一致で議決した。

四、被申請人組合の中央執行委員長高岡謙吉は、右議決に基く臨時大会の招集を為すにつき、右中央執行委員会に臨席していた全支部長に対し、招集内容となるべき所定事項をあらためて告げた上、大会代議員選出のための支部総会を開催することを指示した(所定事項を記載した招集状をあらためて各支部宛に発送する等の方法は採らなかつた)。

五、本社支部および東京工場支部を除く各支部は臨時大会出席のための代議員を同月一八日選出したが、本社支部はその支部代議員会(他の支部の支部総会に相当)において、また東京工場支部はその支部委員会において、それぞれ「一二月一七日夜の中央執行委員会には高岡和男他三名が招集されておらず、かかる右委員会の決定は無効である。」等の理由により、臨時大会出席のための代議員を選出しないことを決定した。尚尼崎工場支部(四五九名)においては、同月一八日午後零時四五分頃「一八日午後五時一五分より支部総会を開催する。」旨の掲示が為され、その後予定を変更されて結局同日午後四時より支部総会が開催されたため、当日の夜勤者(四八名)の内相当数の組合員は出席することができなかつた。また、奈良工場支部(三六四名)においても同日の支部総会に「後夜勤」の組合員の内数名は連絡がつかなかつたために出席できなかつた。

六、被申請人組合中央執行委員長高岡謙吉は、一八日午後一時五〇分頃に至り、臨時大会開催の予定を繰り上げ、かつ場所をも変更して同月一九日午前零時より大阪市東区の料享山中荘において開催することを決定し、同同副委員長石黒章を通じてその旨を同日午後六時迄の間に各支部に連絡した。

七、臨時大会は右変更された日時場所において開催されたが、本社支部および東京工場支部選出の代議員(合計一五名)を除く三九名の代議員全員並びに高岡和男他三名を除くその余の役員全員が出席し、上部団体である合化労連を脱退すること(賛成三七名、反対零名)、並びに組合規約の一部を改正すること、すなわち第二七条が従来「上部団体への加入または脱退に関する事項」の大会決議につきさらに全組合員の四分の三以上による直接無記名投票(成立要件)およびその有効投票数の四分の三以上の可票(可決要件)を必要としていたのを、右成立要件および可決要件共に過半数とし、第三九条第三項が従来「中央執行委員会は中央執行委員の三分の二以上の出席により成立する。」旨定められていたのを「過半数の出席により成立する。」旨改正すること(賛成三五名、反対零名、白票二名)をそれぞれ可決した。尚、高岡和男三名は、右大会開催の日時場所の変更を事前に知らされなかつたため、右大会に出席することができなかつた。

八、被申請人組合は、右大会決議に基き、各支部において全組合員による直接無記名投票を実施したが、その結果は次のとおりである。

組合員総数 四、〇〇七名

投票総数 二、四一二名

棄 権 数 一、五九五名

上部団体(合化労連)を脱退する 一、九四二名

上部団体(合化労連)を脱退しない 三四五名

白 票 数 九一名

無効投票数 三四名

(有効投票数 二、三七八名)

九、被申請人組合中央執行委員長高岡謙吉は、合化労連に対し、昭和四三年一月八日到達の書面により被申請人組合が前記臨時大会の決議および全員投票の結果に基き合化労連を脱退する旨の意思表示(脱退届)を為した。

第二脱退の意思表示(脱退届)の効力について

一、前記の如く、被申請人組合の規約第二一条には「大会の招集は少くとも二週間前に日時、場所、議案およびその内容等必要事項を各支部に通知して行うものとする。但し緊急を要する臨時大会の場合はその限りではない。」と定められているところ、昭和四二年一二月一九日午後一時開催予定の本件臨時大会の招集は同月一八日午前零時頃中央執行委員会出席の各支部長に対し通知する方法によつて為され、それが一応各支部長がそれぞれ代表する各支部に対しての招集通知であつたものと認められるとしても、その時は大会開始予定時刻迄一日と一三時間しかなく、しかもその後右予定時間、場所が変更され、結局、右招集期間が約二四時間しかなかつたことになり、変更通知の時から最大一〇時間、最少六時間しかなかつたことは不問に付するとしても、右招集手続は同条に違反し、無効である。

二、同条本文が大会招集期間として最低二週間を要求しているのは、大会が被申請人組合の最高機関であり、規約第二三条に列記された一二項目の主として同組合の基本組織および基本的活動方針に関する重要事項を付属事項とするが故に、全組合員の意思が各支部選出の代議員を通じて大会に充分反映させられるべく、各組合員が予定された議案の内容を充分検討し認識理解した上、各支部組合員の多数意思を代表し得る代議員を選出するために他ならない。従つて、右趣旨からすれば、第二一条但書の「緊急を要する場合」の例外規定もできるだけ制限的に適用すると共に、かりに「緊急を要する場合」であつても、右二週間招集期間を大きく短縮することはできるだけ避けねばならない。すなわち、「緊急を要する場合」とは、同組合の基本組織および基本的活動方針に関し、突発事件の発生又は新情勢の急展開等により大会決議による対策が不可避であり、かつ二週間の招集期間をおいては大会開催が不能であるか又は決定された対策が時期を失する場合等を指すものであり、しかも招集期間を短縮するとしても全組合員が議案の内容を充分認識理解した上各支部における代議員選出のための選挙に参加し得るだけの期間が必要である。本件臨時大会について考察するに、上部団体たる合化労連の脱退問題は、突発的事故又は新情勢の急展開に基くものでなく、しかも二週間の招集期間をおくことによつて大会の開催が不能となつたか又は大会決議が時期を失したとは認められないから、「緊急を要する場合」に該当しなかつたと断じざるを得ない。しかも、問題の性質から見て、かえつて各組合による慎重な検討のため充分な期間が必要であるとさえ考えられるのに、各支部長に対する大会開催の通知から大会開催迄結果的には約二四時間しかおかれなかつたから、果して全組合員が本件臨時大会開催とその問題である脱退問題および規約改正問題を認識理解し得たかどうかも疑問であり、いわんや各支部においてその代表者たる代議員選出のために充分な討議が行われ得る時間があつたとは認められない。被申請人は「本件臨時大会迄にいたずらに日時を費すことは上部団体たる合化労連や会社の日増しに激しくなりつつあつた介入等によつて組合員の真に自主的な意見の表明が阻害される危険があつたから、同条但書による緊急を要する場合に該当する。」と主張するが、本件各疎明を総合すると、合化労連の介入(右脱退を阻止すべき会社の介入は殆んど認められない。)と言つてもビラ、機関紙又はせいぜいオルグによる口頭の説得であり(かかる説得が不法であると断ずることができない。)、組合員の真に自主的な意見の表明が阻害される危険があつたものと認められない。右主張は、結局「二週間の招集期間をおいては、脱退賛成派が説得されて脱退反対派へ転向し、その結果脱退案が否決される可能性があつた。」旨述べるに過ぎず、それが前記緊急を要する場合に該当しないことは明らかである。

従つて、本件臨時大会の招集手続は無効である。

三、してみれば、申請人等のその余の主張について判断する迄もなく、右無効な招集に基く本件臨時大会における各決議は無効であるから、右脱退決議を前提とする本件脱退の意思表示も又無効である。なお、本件臨時大会における規約改正の決議は無効であるから、全員投票は規約第二三条に基き全組合員の四分の三以上の投票によつて成立すべきところ、本件全員投票については右の要件が充足されなかつたから、その点からも本件脱退の意思表示が無効であると言える。

第三確認の利益および保全の必要性について

一、被申請人は「労働組合の上部団体に対する加入脱退は各労働組合の自由であり、何等拘束されるべき筋合はないから、合化労連に被申請人組合が加盟していることの確認を求める法律上の利益がなく、かかる本案を前提とした本件仮処分は違法である。」旨主張するが、かりに上部団体からの脱退が労働組合の自由であるとしても(それはせいぜい脱退の意思表示が単独行為であると言うことを意味するに過ぎない。)、一旦加盟した以上脱退する迄は右両者間相互に一定の権利義務が生じ(合化労連規約第九条、第一〇条)、少くとも単位労働組合が団結権の維持強化を目的とする上部団体(連合体)の一定の統制に服さなければならないのであるから、後者は前者が為した脱退の意思表示の有効、無効につき確認を求める法律上の利益があると言わなければならない。従つて、合化労連は被申請人組合による本件脱退の意思表示の有効、無効について確認の利益を有するものであり、右本案訴訟を前提とした本件申請も又適法である。

二、被申請人組合は合化労連に加盟している以上脱退する迄はその単位組合として上部団体(連合体)である合化労連の一定の統制に服すべきであるところ、かりに本件脱退の意思表示を前提として合化労連の連合体としての組織外に出て、その統制を離れた行動をとるとすれば、右統制を前提とする合化労連の団結権の維持、強化に対し著しき損害を与えることが明らかであるから、合化労連は本件脱退の意思表示の無効確認を求める本案訴訟確定迄右意思表示の効力をかりに停止する仮処分の必要性がある。

三、高岡和男他三名は被申請人組合の組合員であり、かつその中央執行委員であつて、同組合の活動を通して労働者としての権利を行使し、かつ実現しようとするものであり、同組合が合化労連の組織内にあつてその基本綱領に従つた行動をとることに利益を得ているものであるから、同組合が本件脱退の意思表示を前提として合化労連の組織外に出て、かつその統制を離れた行動をとるとすれば、その権利関係に著しい損害を蒙るものと認められるから、本件仮処分の必要性があるものと言わなければならない。

第四結論

よつて申請人等の本件仮処分申請はいずれも理由があるから、申請人等に共同して被申請人に対する金二〇〇万円の保証を供託せしめた上、民事訴訟法第七六〇条によつてこれを認容し、申請費用の負担につき同法第八九条を適用して主文のとおり決定する。(高沢喜昭)

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